【経営のプチ勘所vol.48:老舗家具メーカー 大逆転の舞台裏~NHK番組に登場した支援先企業の知られざる復活劇~】

平成最後の年となる2019年の年頭にあたる第1回目の勘所は、一昨日夜1月11日にNHK中国地方向け番組に紹介された『ラウンドちゅうごく』を採り上げます。この番組は為末大がキャスターを務めて毎週金曜夜に放送される経済番組ですが、今回のテーマは「老舗家具メーカー 大逆転の舞台裏」、冒頭のコメント「今日はこの会社の成功と失敗の舞台裏から中国地方のものづくり企業復活のヒントを探る」で放送が始まりました(※以下、NHK公表のHP掲載記事)。

~為になるテレビ~「老舗家具メーカー 大逆転の舞台裏」

広島の家具メーカーが作った椅子が、世界の注目を集めている。人気の理由は座り心地の良さ。一時は倒産の危機にあったこの会社を救った、大ヒット商品誕生の裏側を伝える。

米国のIT企業アップルの新本社ビルに、日本製の椅子が数千脚導入された。椅子の名は“HIROSHIMA”。美しいフォルムと座り心地の良さが、世界の注目を集めている椅子だ。手がけたのは、木工のまち広島・廿日市で生まれた老舗家具メーカー。実はこの会社、バブル崩壊で一時は倒産危機に陥っていたが、この椅子の誕生で一転黒字化。大逆転劇の裏には、ものづくりのプライドと、時代の波をつかむ「あるアイデア」があった。

 番組に登場した家具メーカーは廿日市で創業以来90年を誇る地場名門企業の㈱マルニ木工(現在は広島市佐伯区湯来町)。実はこの会社とは不思議なご縁があって、私が初めて訪問したのは今から四半世紀前、まだ銀行員時代(㈶ひろぎん経済研究所:研究員)に産業調査を担当していた頃のこと。目的はバブル崩壊で潮目が大きく変わった地場産業「木製家具業界」を分析するためでした。ピーク時の売上270億円は全国同業トップクラスを誇るだけあって、当時の経営陣から感じられる危機意識は乏しく、経費節減等の“改善策”を進めれば再び業績回復が期待できるという見立てだった…やに記憶しています。

 ところが、その後当社は右肩下がり一直線の減収軌道を辿ることとなり、番組タイトルとなった倒産の危機に直面、2001年に呼び戻された現:山中 武社長のもと“大改革”に着手。地元出資の「せとみらい再生ファンド」による再生支援(2005年)を受け、現廿日市市役所周辺の広大な本社社有地を売却して3工場を現湯来町へ集約化(2009年)するなどの大胆なリストラ策を断行。その頃、周囲の反対を押して商品化したのが今の復活劇の起点となった新商品「HIROSHIMA」シリーズの椅子でした。製造当初は月産数台だったこの椅子ですが、2017年には米アップル新社屋「アップルパーク」に数千脚を納入するなど、現在では大ヒット商品として月産数百脚を生産するまでに至ったのです。

 さて、小生2度目の関与は2012年から翌年にかけてのこと。当時未だに毎期赤字が継続してファンドによる再生支援が終了、メインバンクの金融支援も揺らいでいた当時、顧問を務めさせて頂いている広島県信用組合(経営支援部)から肩代り融資を検討するための“目利き”を依頼されてのことでした。本事案を相談された時は、若い時分の経緯から半分興味本位という感覚の中、湯来工場へ初めての視察に行きました。事前に入手した財務諸表では、全盛時の売上の10分の1、10数年の赤字継続と“良いとこ無し”、しかも1ヶ所に集約後も尚リストラ断行から社員数が大幅削減となった工場内はガランと人影疎ら、且つ高齢社員が目立ちお世辞にも活気があるとは思えない様子でした。

 そうした中、対応役の経理部長にお願いして、予定になかった新社長との面談を希望して状況は一変しました。老舗企業6代目の“ボンボン”育ちかと思いきや、若干41歳の現社長は若く活力に溢れ謙虚さを兼ね備えた好青年、何よりも共通土俵の銀行出身ならではの聡明さが感じられました。本当は融資先として妥当か否かの事前調査という役割で訪問したにも係わらず(ある意味先方の誤解もあって…)、その場ですっかり意気投合して次の訪問約束へと話は発展。次回からは若社長が各部署の将来幹部候補と考える10数名の若者を参加させての「10年計画作業部会」を支援サポートすることになりました。その間に“工芸の工業化”を標榜するマルニ木工の強みの数々である職人クラスの熟練工が残存し、HIROSHIMA椅子という新商品を開発(東京スカイツリーのソラマチへの納入実績等)を確認し、県信組による暫定肩代り融資実行(計画策定後に短期資金の長期組替予定)という資金面での段取りを確保して協議を進めていきました。

 翌2013年4月に集約した10年計画には8つの事業コンセプトが抽出され、①小売参入(広島LECT・東京に提案店舗)、②輸出販路拡大(世界最大の家具展ミラノサローネ表彰・今般のアップルタウン拡販等)など“世界の定番を目指す”との方針に則って短中期的に実現した事業は元より、創業100周年には⑧湯来工場の聖地化(世界の木工を志す人が集う場所にする)という夢のある長期ビジョンを設定しました。因みに、当社の損益は2013年度に久々の黒字決算を計上し、現在に至るまで順調にV字回復軌道を辿っています。

 我々診断士は“黒子役”で守秘義務遵守の観点からも、元来、表舞台に出ることは稀です。増してや業績不振の会社の場合、会社自体の対外的な信用が左右されるため絶対秘密厳守は言うまでもありません。今回は開明的な社長の下、過去の失敗に蓋をすることなく苦闘の様子と成功に至るまでの軌跡を隠さず開示した番組でした。

 厳しい企業の再生をお手伝いするケースでの事後の現実、それは今回紹介された㈱マルニ木工のような大逆転は全てではない、むしろ決して多くないということです。しかしながら、成功への軌道修正には幾つかのエッセンスがあります。思考の柔軟性(プラス志向の考え方)、大胆な改革(改善を超えた勇気ある決断)、計画の実行(計画棚上げが多い現実)などが本ケースの背景にはあります。本稿をご覧になられた方々の中には、日々不安に苛まれながら一筋の光明を見出そうと奮闘中の経営者もおられることでしょう。一朝一夕の逆転劇というものは有り得ません。でも、未来を信じ諦めずに頑張ることの大切さを学び取って頂ければ幸いです。