【経営のプチ勘所vol.54:「論語」を読むシリーズ~第5回:仁者とは~】

【⑤第5回:仁者とは】

中小企業診断協会より永年貢献表彰(2018年5月)

人を立て人を達す:子貢曰く、「如し博く民に施して、能く衆を済うあらば、何如。仁と謂うべきか」。子曰く、「何ぞ仁を事とせん。必ずや聖か。尭舜もそれなおこれを病めり。それ仁者は己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。能く近く譬えを取る、仁の方みちと謂うべきのみ」。《雍也篇》

‥(訳)子貢が尋ねた。「人民に遍く恩恵を施して民衆の安定を図る。如何でしょう、これなら仁者と言えるのではありませんか」孔子が答えるには、「そこまで行けば、仁者どころか、聖人である。尭舜のような聖天子でも、それができなくて思い悩んだのだ。仁はもっと身近にある。自分が立ちたいと思ったら、先ず人を立たせてやる。自分が手に入れたいと思ったら、先ず人に得させてやる。このように、身近なところから始めるのが、仁者のやり方なのだ」。

⇒自分本位に陥りがちな人間への戒めでもあり、素晴らしい経営者を目指す指針として自覚すべき行動原理だと考えます。斯く由私も、人として未熟な自分を戒める意味でも、出世競争の組織を脱して以降今日まで、中小企業診断士の教え子達に役員登用の道を譲り、自分は一会員として振る舞い続けることで自己抑制を貫いて仁者を目指しております。

仁の道:子夏曰く、博く学びて篤く志し、切に問いて近く思う。仁その中に在り。《子帳篇》

‥(訳)子夏が言った。幅広く学んでいよいよ志を固くし、疑問はあくまでも究明し、身近な体験の上に立って考えを深めていく。仁は、そういう中から芽生えてくるのだ。

⇒生涯教育の祖、孔子が説いた仁者実践の道程として自覚すべき在り方です。

:子貢問いて曰く、「一言にして以って終身これを行うべきものありや」。子曰く、「それ恕か。己の欲せざる所は、人に施すなかれ」。《衛霊公篇》

‥(訳)子貢が尋ねた。「何か一言で生涯の信条としたいような言葉がありましょうか」孔子が答えるには、「恕であろうか。つまり、自分がして欲しくないと思っていることは、人にもしないことだよ」。

⇒最高道徳たる『仁』の高みに到達するのはやはり大変な修養が必要。そこで誰でも出来るもっと簡単な心掛けとなるのが『恕』という姿勢なのです。“自分が嫌なことは他人にしない”という自分基準で実践できるのが『恕』、これに対し『仁』は他人基準則ち相手への思いやりと受容あっての徳です。私は小さい頃、身勝手な振舞いをする度に祖母から口酸っぱく諭されてきたのがこのことでした。恐らく多くの皆さんの家庭でも年寄りから子供への躾として聞いたフレーズではないでしょうか。

【経営のプチ勘所vol.53:「論語」を読むシリーズ~第4回:知について(補講)~】

【④第4回:知について(補講)】

立教大学ゼミの恩師「三戸 公先生」の米寿記念講演会(2015年6月)

前回に続いて「徳」の三大要素の『知』について、直接的に徳としての位置付けを離れた言行も含めて『知』という言葉がどう扱われているかについても抜粋してみました。

■子曰く、由、女なんじにこれを知るを教えんか。これを知るをこれを知るとなし、知らざるを知らずとなせ。これ知るなり。《為政篇》

‥(訳)これ子路よ、そなたに「知る」とはどういうことか教えてあげよう。それは他でもない、知っていることは知っている、知らないことは知らないと、その限界をはっきり認識すること、それが「知る」ということなのだ。

⇒兎角知らないことも知ったかぶりをしてしまいがちですが、孔子は『知』に対する素直なスタンスが人として向上する礎となることを示しています。これに関連して、以下の名言(諺)があります。

■子貢問いて曰く、「孔文子は何を以ってこれを文と謂うか」。子曰く、「敏にして学を好み、下問を恥じず。ここを以ってこれを文と謂うなり」。《公冶長篇》

‥(訳)子貢が孔子に尋ねた。「孔文子は、どうして“文”という立派な諡おくりなをもらったのでしょうか」孔子が答えるには、「彼は元々頭が切れる上に、好学心に厚く、敢えて部下に教えを請うことも意に介しなかった。そういう人物であったので、立派な諡を貰うことができたのだ」。

⇒敢えて下問を恥じず…で知られる諺です。立派な人間は知らないことがあると、たとえ地位や年齢が下であろうと聞くことを恥じとしないのです。我以外皆我師は小説「宮本武蔵」を著した吉川英治の有名な言葉ですが、これに通ずる至言として座右の銘にされておられる経営者の方も少なくありません。

■子曰く、三人行けば、必ず我が師あり。その善なる者を択びてこれに従い、その不善なる者にしてこれを改む。《述而篇》

‥(訳)三人で道を歩いているとする。他の二人からは、必ず教えられることがある筈だ。いい点あればそれを見習えばいいし、ダメな点があれば自分を反省する材料にすればよい。

⇒上述の皆師についての孔子の見解です。教わるべきことは必ずしも良いことばかりではなく、反面教師とすれば際限なく学ぶ機会は拡がるもの。私は若い頃、戦時下で学ぶ機会を得ず育った凡庸無知な父親の一面を見下し、素直に言うことを聞かない反抗期を長く過ごしました。もっと早くに自分を修練して、学びの寛容さに気付ければ良い関係が築けたのにと残念に思うこと頻りです。

■子曰く、蓋し知らずしてこれを作る者あらん。我はこれなきなり。多く聞きてその善なる者を択びてこれに従い、多く見てこれを識す。知の次ぎなり。《述而篇》

‥(訳)世の中には、十分な知識もなく、直観だけで素晴らしい見解を打ち出す者もいるであろう。だが、私の方法は違う。私は、様々な意見に耳を傾け、その中から、これぞというものを選んで採用し、常に見聞を広げてそれを記憶に留めるのである。これは最善の方法ではないにしても、次善の策とは言えるのではないか。

⇒決して天才を自認していない孔子、その偉大なる凡人を形づくった次善の勉強方法。英才教育を受け東大・京大卒といったパワーエリートではない多くの皆さま、田舎者の凡人たる私も一押しの学びスタイル、孔子流非凡な『知』の修養法を会得してみませんか。

【経営のプチ勘所vol.52:「論語」を読むシリーズ~第3回:知と仁について(補講)】

【③第3回:知と仁について(補講)】

芸北聖湖畔(樽床ダム)の三才「天恩・地恩・人恩」記念碑

前稿の「徳」について、孔子は沢山の論点から繰り返し述べています。少し難しいので、今週と来週は少し補っておきたいと思います。

■知を問う。子曰く、「民の義を務め、鬼神を敬してこれを遠ざく。知と謂うべし」。仁を問う。曰く、「仁者は難かたきを先にして獲ることを後にす。仁と謂うべし」。《雍也篇》

‥(訳)弟子が「知」について尋ねた。孔子が答えるには、「人間としての義務を果たし、鬼神のようなものからは敬して遠ざかる。こういう生き方ができてこそ、知者と言えるのだ」。更に「仁」について尋ねると、孔子はこう答えた。「率先して困難な問題に取り組み、報酬は度外視する。こういう生き方ができてこそ、仁者と言えよう」。

⇒『仁』は孔子が最高道徳と位置づける規範で、一言で表現するなら“物事を健やかに育むこと”とされる。人として当然の義務を果す『知』を超えた高い領域にある『仁』を希求すること、これは私にとって強く意識する行動基準であり、実際に易きに就かず難事に取組み乗り越えて成長の糧にすることを心掛けて来ました。また、ご依頼が有れば極力応えること、その際金銭報酬の多寡を判断基準としたことがなく、財政的に苦しい方には行政の無料相談で対応することも多々あります。なお、知と仁について以下の表現もみられます。

■子曰く、仁に里るを美となす。択びて仁に処らずんば、焉んぞ知なるを得ん。《里人篇》

‥(訳)仁に基づいて行動するのは美しい。だから、そういう行動を選択しない人間は、とうてい知者とは言えないのである。

⇒仁者としての行動の前提条件として、知者としての素養が身についていることが不可欠となります。その『知』について自覚を促すフレーズが次の通り。

■子曰く、人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う。《学而篇》

‥(訳)人から認めてもらえないと嘆く必要はない。むしろ、他人の真価に気付かないでいる自分の方こそ責めるべきだ。

⇒自分についての客観的評価をさて置いて愚痴ることに何の進化もありません。自分の不足や課題を見出し自覚して前向きな行動に繋げていくことこそ、知者のあるべき姿ではないでしょうか。

【経営のプチ勘所vol.51:「論語」を読むシリーズ~第2回:人として大切な徳~】

シリーズ3稿目(第2回)は「徳」について。私自身またセミナーや経営相談を行う際の指針としてお話しすることが多い、とても大切な考え方です。なお、写真は鳥取県三朝温泉に程近い三徳山の有名な投入堂です。危険な絶壁にありますので、登山の心得をもって訪れてみてください。

知・仁曰く、知者は惑まどわず、仁者は憂うれえず、勇者は懼おそれず。《泰伯篇》

‥(訳)知者は迷わない。仁者は思い悩まない。勇者は恐れることを知らない。

⇒人としてこの世に生まれ磨くべき尊い資質である「徳」、孔子の論語では『知』『仁』『勇』の三つ、更に孫子の兵法では『信』(心服)と『厳』(威厳)を加えた五つで表している。

私は経営者の持つべき資質として、①『知』:情報力・先見力、②『仁』:判断力・決断力、③『勇』実行力・体力の6つのパワーと関連付けて体得頂くよう指摘させて頂いております。経営戦略の策定においては、理念の元にSWOT分析⇒コンセプト⇒成長戦略⇒事業戦略(MK営業・財務会計・人事労務・製造・研究開発等)の展開で計画策定(Plan)を行い、実行(Do)、統制(Check)、改善(Action)のPDCAサイクルを回して業績アップを目指していくことが基本です。渋沢栄一が論語をベースとした日本的経営を樹立し、後の昭和名経営者たちにも多大な影響を与えた訳ですが、私の驚きは2,500年前の孔子の考え方が現代経営戦略に通ずる普遍性を有することです。

水と山・動と静:子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿いのちながし。《雍也篇》

‥(訳)知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ、と言われる。全くその通りであって、知者の方は活発に動き回り、仁者の方はどっしりと構えて動かない。その結果、知者は人生を楽しみ、仁者は長寿に恵まれるのだ。

⇒『知』と『仁』を体得した人間の行動特性が判り易く示されています。それに『勇』を加えた「徳」を身につけ、バランスのとれた人格を磨く必要がある訳ですが、私は心から自然を愛する姿と人生が一体という考えに共鳴します。よく忙しい人は山へ行け、イライラしている人は海に行けと言いますが、静かな深山に入ると心穏やかさが取り戻され、広漠たる海を眺めていると大洋感情が味わえるものです。私事ながら…趣味は登山にカヌー、天命を意識した五十歳に芸北研修所「湖稜庵」を西中国山地の聖湖畔に開設し、会員企業様には活用して頂く拠点としております。