未だ続く⚡雷鳴と☔豪雨のせいもありますが、今夜は夕方の一件が気になって、眠れない興奮に包まれ‥過ごしている6月末日(金)の深夜≒早朝です。
さて、皆さんは悪意ある他人に貶められ、そのことを怨んだりする経験はありますか?
若い頃の私はこうした‥どうしようもないマイナス思考に苛まれ堂々巡りすることも少なからず有りました。
しかしながら何時の頃からでしょうか?…ゼロとは言えないにせよ、我関せずのプラス思考(自分では仙境に近づきたいと願ってます‥)が太宗を為すような変な自覚が膨らみつつあります♪
昨日、29日(木)に出逢った体験は、そうした根拠に思いを馳せさせる‥仏教的に云うならば、あまりに“不可思議功徳”なものでした。
決して作り話ではなく、実際に有ったこと‥感じたこと…純粋に感動した気持ちを忘れないように、将来の自分に向けて備忘録的に書き綴りましたので‥長文・散文をご了承くださいm(_ _)m
昨日は早朝から生まれ故郷の安芸高田市での仕事…天気予報は降水確率50%超ながら、結局‥夕方まで☔雨は降ることなく‥ただ蒸し暑い不快さだけが肌にまとわり付く一日でした。
個人的には、昨日は亡き祖母の25回目の命日。仏教的には回忌法要の年次ではないものの、四半世紀の区切りということで、早朝からの吉田町での仕事を終えて隣町の故郷‥甲田町の実家墓所にお参りする予定にて出発。
こう言うと私が“孝行”息子のように聞こえますが、正直‥そんなことはなくて、離れて暮らす次男坊の自分にとって、むしろ‥恥ずかしながら…命日の墓参りは何年振りか思い出せない程“不孝行”な孫でした。
そんな日頃の疎遠のため、近くに住んでいる兄家族や親戚(叔父叔母)の誰かは既に墓参りした後と思いきや‥その痕跡は見当たらず。
四半世紀も経てば近親者にさえ忘れられてしまって可哀想…複雑な想いを抱えつつ、お花を供え、蝋燭に灯を点し、お線香に火移ししようとしたその瞬間…突然大粒の☔雨が夕暮れ時の空から落ちて来ました。
慌てて傘を脇に抱えながら‥ほんの数分間手を合わせ目を閉じ、日頃あまりお参り出来ない懺悔とこの世に生を頂いた感謝の念を伝え終わると、不思議なことに☔雨がピタリと上がったのです(その後、広島の自宅に帰宅するまでの2時間以上雨は降らず…)。
セルフタイマー撮影した自撮り写真はその時のもので、祖母が“嘆いている”のやら‥“嬉しくて吹き出した”のやら…涙☔雨の意味は果たしてどうなのかハッキリとは解りませんが、慈悲の☔雨であったことだけは間違いなさそうです。
ただ、墓参りを終えて広島へ帰って?犬の散歩を終えた夜8時過ぎから、広島でも深夜の今まで激しい雷雨が続き‥お墓のすぐ側を走るJR芸備線は、その後列車が不通になったことを想起するにつけ‥何やら通じているものがあるのでは?…と思わずにはおられない神秘的な瞬間でした。
独白しますが、今でこそ人が良さそう(≒騙され易そう)とか‥悠々自適に見られる私も(最近ある方から頂いたハガキにそんな風に書いてありました‥)、今までの人生の中で何度か他人に利用されたり‥請負代金の踏み倒し(開業後20年間で2件)など、明らかな悪意から貶めれる理不尽な仕打ちに晒される嫌な経験も受けました。
それでも“不思議”と悪縁が過ぎ去った後には、自然と良縁がやってきて、以前にも増して自分をパワーアップさせてくれる様な新たな仕事だったり、内面的な自己成長を助けてくれたりというプラスの経験も何度ともなくさせて頂きました。尚、不義理なことを平気でやれるような方のその後ですが、風の噂で洩れ聞こえるところでは、“不思議”と本人が重い病気になられたり‥家庭崩壊などの憂き目に遭われたり‥と何故か帳尻が合うらしいです。
念の為追記しておきますけど…自分はレベルを落としたくないので決して直接の仕返しや、増してや五寸釘打ちなどしてません。ただ単にそんな方とは以後深い関わり合いを持たぬ様…(論語風に表現すれば)敬して遠ざけているだけなのですが(笑)。
こうした話は周り回っての因果応報(悪意は自分以外の家族や多くの人にも振り向けられている筈なので…)だと今までは解釈してました。
しかし、今日の体験は‥もしかしたら天国から見守ってくれている亡祖母・亡父母らの“気”か“念”か何かのパワーを信じざるを得ないものでした。また、もしかすると経営者たる者の姿勢、つまり宇宙根源の法則と言われる“正しさの美学”なのかも知れませんが、…兎にも角にも神秘的な瞬間でした。
因みに、尋常小学校出で決して学があるとは言い難い明治生まれの祖母が、利己的行動が目に付く餓鬼の頃の自分を戒め口酸っぱく諭してくれたのは、「我がさえ良けりゃええじゃいけん!他人のために何かをせぇ!そうすりゃあ‥周り回って我が身が助かる‥助けて貰える!」というもの。
信仰心の篤い祖母を貫く原理原則は‥畜生ではない人間として生を受けた者が在るべき姿、自己陶冶の努力の上に根付く高邁な理想、則ち他人に施す功徳や利他主義なんだったと大人になってから漸く理解出来ました。
延べつ巻くなく書き殴っているうちに、何だか感謝の想いが自然にこみ上げてきた嵐の一時でした。