私はこれまでISOに関しては知識フレームの一つ程度という立場を貫き、実務から距離を保った審査員補という傍観者的ポジションでこの資格の客観的有効性について批評してきました。なぜなら私の周囲のISO認証企業からは“やらされ感”や“振り回され感”といった否定的な声が多く聞かれており、私自身も経営や業績向上についてのマネジメント実務の場面ではJQA等の他の有効なスキームを優先採用してきました。
しかし、今回はISO専門委員会を中心としてこうした過去の信頼性課題に正面から向き合い諸改革が規定に折り込まれ、名実が伴った品質マネジメントシステムとして評価できる内容へと昇華しました。以下に2015年版大改訂の要旨についてポイントを整理します。これまでISOに形式的に取り組んできた企業の皆さま…既に継続を辞められた皆さまに、経営力アップへの道筋と積極的意義が伝われば幸いです。
1.規格改定の目的
国際規格ISO9001は1987年の初版発行以来、数回の改訂が行われ今回は4度目となる。2015年改訂は前回2008年改訂が“追補改訂”と呼ばれ、2000年に3規格統合によりQMS(仕事の進め方)としての有効性向上を目指した大改訂が図られて以来の大幅改訂とされる。その理由は、一部組織で品質保証に関するほころびが見られたり、認証の形骸化や他規格の氾濫などから本来の目的である「製品・サービスの品質保証を通した顧客満足の向上」が必ずしも達成されていない実情を鑑みてのことである。
そこで本改訂では規格の適用範囲は従来を継続しつつも、①認証の信頼性を確保するための要求基準の強化(新規追加要求事項は決して多くない)、②複数のマネジメントシステムとの整合化を容易にする附属書SLの採用、③2000年版モデルの基本であるプロセスアプローチとPDCAサイクルによる成果稼得を担保するリスクに基づく考え方の導入などが図られた。
2.他のISO:MS規格との整合化
ISO9001:2008年規格は8章構成となっていたが、2015年改訂規格では1.適用範囲、2.引用規格、3.定義の3章は従来と同じだが、4章~10章の項目が変更追加され全10章構成となった。その基準として採用されたのが共通テキストとされる附属書SL(謂わば“規格策定のための規格”)で、共通構造として章構成は当該上位構造に従った内容に改められた。
附属書SLは汎用的なマネジメントシステム規格(MSS)として、広範な産業分野に適用できる規定として、組織が特定の目的を達成するために必要な方針、プロセス、手順等を策定して体系的な管理ができるように要求事項や指針が定められている。当該規格構成による用語の統一や共通化が図られたことにより、既存の他のISOマネジメントシステムとの整合性が図られ、業種横断的な汎用性も増すことでQMS認証に対する社会の信頼感向上が期待される。
3.リスクに基づく考え方の採用、トップマネジメントのリーダーシップ強化
認証組織による事故・トラブルの発生はISO認証の信頼性を損なうものである。その原因は様々なものが考えられるが、根源にはトップ(社長・事業部長等)と現場との乖離やISOへの無関心ということが想定される。今回の改訂では「経営活動の流れの中で、通常行っている経営・事業分析同様に最低限の経営・事業分析を行い、その結果をインプットして、適用範囲や方針、目的・目標を決める」よう改められた。即ち、組織内外のリスク・機会を含む現状分析の上で、顧客のみならず利害関係者のニーズ・期待を理解して事業戦略を立てて実践するという経営活動との結びつきが明確になった。
事業に最終的な責任をもつトップが深く関与し、マネジメントシステムに組み込まれた活動としてリーダーシップ強化が図られることにより、QMSの有効性やパフォーマンスの評価・改善活動の担保が高まる。
4.プロセスアプローチ採用の強化
プロセスアプローチはISO9001:2000以降に採用されたが、本来のマネジメント上の重要性への評価に対し、要求事項との関係が曖昧だったため十分に理解されていない概念であった。本改訂では規格に不可欠な中核概念として、序文に「この規格はPDCAサイクル及びリスクに基づく考え方を組み込んだプロセスアプローチを用いている」と示され、当概念の追補説明とそれを補完する位置付けとしての「PDCAサイクル(注記から格上げ)」「リスクに基づく考え方(新規箇条)」の3つの関係説明が追加され、インプット・アウトプットの明確化、パフォーマンス指標の設定、プロセス責任・権限の割当て等が追加された。新箇条のリスク概念については、QMSの目的達成のために計画段階からリスクを考えることの重要性が謳われ、旧来の予防処置の改善まで求めた点でPDCAサイクルとの連動性が明確化した(PDCA自体は概ね既存内容を踏襲)。
5.パフォーマンス重視、結果重視
ISO形骸化の現象として囁かれていた“文書への振り回され感”を是正すべく、本改訂では記録の保持は求めるものの品質マニュアル等手順の文書化に関する要求が大幅に少なくされ、管理責任者の専任など責任・役割に関する要求も削除された。即ち、単なる「形式」を求めるのではなく、真の目的である「結果」重視して、製品・サービス、プロセスなどQMSの「パフォーマンス」を評価し、満足すべき成果が得られていない場合には「改善」を図る、謂わば自由度の反面の自助努力を重視するスタイルに改められたと言える。
一方でそれらの成果稼得に必要なQMS運用に必要な固有技術について「組織の知識」として新たな要求事項を求め、組織的な知識を特定するとともにその獲得・蓄積・活用の強化を図った。また、それら知識全てを自己完結できない実情を鑑み、外部の調達先(アウトソース)を含めた管理方式と程度を定めるなど外部提供者との関係重視も図られた。
6.サービス業への配慮、要求事項の明確化
2000年版からサービス業でも利用可能とする改訂が行われ、2008年版でも「製品にはサービスも含まれる」と内包定義が踏襲されてきたが、実際にはプロセスの妥当性確認、設計開発など製造業以外ではイメージしにくい項目が多数あり解釈もバラバラであった。本改訂では「製品」の定義からサービスを取り除き「サービス」はサービスとして定義し、両者を「製品及びサービス」と並記明確化された。また、両者を包含する用語“アウトプット”をプロセスの結果と定義づけ、サービスは“無形のアウトプット”で顧客との間で取り交わされるものと位置づけられるなど、サービス業等どの業種でも利用し易い汎用性が高まったと言える。
また、こうした概念の延長上にあった過去の不適合原因の一つ、作業に携わる人の度忘れや取り違えなど “ヒューマンエラー”の考慮が図られ、これら人に起因するルールからの逸脱防止も要求事項に追加されるなど有効性向上も期待される。