【経営のプチ勘所vol.51:「論語」を読むシリーズ~第2回:人として大切な徳~】

シリーズ3稿目(第2回)は「徳」について。私自身またセミナーや経営相談を行う際の指針としてお話しすることが多い、とても大切な考え方です。なお、写真は鳥取県三朝温泉に程近い三徳山の有名な投入堂です。危険な絶壁にありますので、登山の心得をもって訪れてみてください。

知・仁曰く、知者は惑まどわず、仁者は憂うれえず、勇者は懼おそれず。《泰伯篇》

‥(訳)知者は迷わない。仁者は思い悩まない。勇者は恐れることを知らない。

⇒人としてこの世に生まれ磨くべき尊い資質である「徳」、孔子の論語では『知』『仁』『勇』の三つ、更に孫子の兵法では『信』(心服)と『厳』(威厳)を加えた五つで表している。

私は経営者の持つべき資質として、①『知』:情報力・先見力、②『仁』:判断力・決断力、③『勇』実行力・体力の6つのパワーと関連付けて体得頂くよう指摘させて頂いております。経営戦略の策定においては、理念の元にSWOT分析⇒コンセプト⇒成長戦略⇒事業戦略(MK営業・財務会計・人事労務・製造・研究開発等)の展開で計画策定(Plan)を行い、実行(Do)、統制(Check)、改善(Action)のPDCAサイクルを回して業績アップを目指していくことが基本です。渋沢栄一が論語をベースとした日本的経営を樹立し、後の昭和名経営者たちにも多大な影響を与えた訳ですが、私の驚きは2,500年前の孔子の考え方が現代経営戦略に通ずる普遍性を有することです。

水と山・動と静:子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿いのちながし。《雍也篇》

‥(訳)知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ、と言われる。全くその通りであって、知者の方は活発に動き回り、仁者の方はどっしりと構えて動かない。その結果、知者は人生を楽しみ、仁者は長寿に恵まれるのだ。

⇒『知』と『仁』を体得した人間の行動特性が判り易く示されています。それに『勇』を加えた「徳」を身につけ、バランスのとれた人格を磨く必要がある訳ですが、私は心から自然を愛する姿と人生が一体という考えに共鳴します。よく忙しい人は山へ行け、イライラしている人は海に行けと言いますが、静かな深山に入ると心穏やかさが取り戻され、広漠たる海を眺めていると大洋感情が味わえるものです。私事ながら…趣味は登山にカヌー、天命を意識した五十歳に芸北研修所「湖稜庵」を西中国山地の聖湖畔に開設し、会員企業様には活用して頂く拠点としております。

【経営のプチ勘所vol.50:「論語」を読むシリーズ~第1回:人生の楽しみ~】

【①第1回:人生の楽しみ】

手首・足首の骨折も未だ癒えず、先週は大腸ポリープの切除…未だ組織検査の結果が出ていない状況ですが、愛好する山登りを兼ねて九度山から高野山上:壇上伽藍~奥之院を歩いて訪ね、四国八十八ヶ所結願後の高野山満願成就の御朱印を頂いて来ました(R3.3.26~27)。

シリーズ第1回目は、仕事も趣味も楽しみという私の境地について認めてみました。

知<好<楽:子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。《雍也篇》

‥(訳)理解することは、愛好することの深さに及ばない。愛好することは、楽しむ境地の深さに及ばない。

⇒これは私が最も好きなフレーズ。“知”とは後述予定の徳の第1原理、学びの基礎を成すもので、前稿『志学』に乗り遅れた学生時代、脱サラを決意して三十歳前後に毎日5時起き通算約2千時間の自己啓発をもって取得した中小企業診断士資格を全うし得た要素です。正直言って、それまでの人生において勉強は“やらされ感”の苦痛と同居していましたが、この時は不思議と勉強が“好”きになり、問題集で経営改善案を検討する時には“楽”しいとさえ思えたのです。以来、仕事(業)でも趣味(遊)でもこの境地を追求することが私の人生観の基本となっています。

楽しみて以って憂いを忘る:葉公、孔子を子路に問う。子路対こたえず。子曰く、「女なんじ、なんぞ曰ざる、その人となりや、憤りを発して食を忘れ、楽しみ以って憂いを忘れ、老いのまさに至らんとするを知らざるのみ、と」。《述而篇》

‥(訳)葉公が子路に向かって、「孔子とはどんな人物ですか」と尋ねた。子路は答えることができなかった。後でそれを聞いて孔子が語るには、「どうして言ってくれなかったのだ。気持ちが高ぶってくると、食事のことも忘れてしまう、楽しみに熱中していると、心配事も吹っ飛んでしまう、そして老い先の短いことにも気付かないでいる、そんな男だと」。

⇒孔子の人となりを表すものですが、好奇心旺盛な極めて人間的な人柄、前向きかつ直向きなプラス思考があの時代に73歳という長寿を全うした秘訣だと思います。周りはある意味大変かも知れませんが、私はこうした若々しい感覚を忘れずに生きたいと願います。

【経営のプチ勘所vol.49:「論語」を読むシリーズ~Prologue~】

2018年秋以降、代表:山根敏宏の度重なる右手足骨折とその後の手術により、【経営の勘所】を暫くお休みさせて頂いておりました。去る今年2月に抜釘手術を終え、漸く体調も回復途上にあることから、約2年振りに記事投稿を復活したいと思います。今後とも引き続き宜しくお願い申し上げます。

【Prologue:有名なフレーズから】

2021年のNHK大河ドラマ「晴天を衝く」の放送が始まり、主人公の渋沢栄一への関心の高まりとともに著書「論語と算盤」をテーマとした勉強会も盛んに開催されています。

明治日本資本主義の父とされる栄一激動の人生はドラマに譲るとして、世界的経営学の神様P.F.ドラッカーが研究対象とした渋沢翁の哲学の背景にある孔子の言行録「論語」とはどんなものなのか?…今から2,500年前の春秋時代中国に生まれた儒教思想は、その後わが国を含む東アジア圏に広く伝播、栄一が生まれた江戸時代には藩校・寺小屋教育の基礎として日本人にとっての当たり前則ちアイデンティティの一つの源流「論語」哲学について、毎週末に小生の独断(と偏見?)のもとに幾つかのテーマ毎にご紹介しようと思います。

(注)本稿の構成:■論語原文、‥(訳)口語訳(※訳文は守屋敦解説より引用)
⇒小生感想等の追加コメントの順で概説します。

先ずは皆んなが知っている「論語」の有名なフレーズから。

温故知新:子曰く、故ふるきを温たずねて新しきを知れば、以って師たるべし。《為政篇》

‥(訳)過去の歴史を勉強することによって、現代に対する洞察を深めていく。こういう人物こそ指導者として相応しい。

⇒学校で勉強の意味として先生に伝えられ、習字で書かされ、その割には出典・意味を知らないまま座右の銘としている方も少なくないのでは?

過ぎたるは、なお及ばざるが如し:子貢問う、「師と商と孰いずれか賢まされる」。子曰く、「師や過ぎたり。商や及ばず」。曰く、「然らば則ち師愈まされるか」。子曰く、「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」。《先進篇》

‥(訳)「子帳と子夏(弟子)とでは、どちらが優れているでしょうか」子貢に尋ねられて、孔子はこう答えた。「子帳は行き過ぎている。子夏は不足している」「では、子帳の方が優れているのですね」「いや、そうではない。行き過ぎも不足も似たようなものだ」

⇒超有名フレーズですね。過不足という言葉をよく使いますが、ここに機縁してバランス感覚の大切さという処世の勘所を訓えてくれたのも孔子※です。

※孔子(紀元前551~479年:73歳没)の本名は丘、字は仲尼。論語は72人の弟子達(Top10傑:約3千人)がまとめた孔子の問答集なので、“子曰く”とは、“子”孔子先生が“曰く”仰ったとなります。

志学・而立・不惑・天命・耳順:子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順したがう。七十にして心の欲する所に従いて、矩のりを跨えず。《為政篇》

‥(訳)私は十五歳のとき、学問によって身を立てようと決意した。三十歳で自立の基礎を固めることができた。四十歳になって自分の進む方向に確信が持てるようになった。五十歳で、天命を自覚するに至った。六十歳になって、人の意見に素直に耳を傾けられるようになった。そして、七十歳になると、欲望のままに振る舞っても、ハメを外すようなことは無くなった。

⇒私が孔子を尊敬する理由は、孔子が自身の人生を振り返って素直に一歩ずつ成長する意味を教えてくれる偉大なる凡人、則ち生涯学習の祖だからです。私の場合、田舎育ちゆえに勉強せずスポーツばかりに明け暮れ二浪して大学に入るまでは『志学』は二十前と遅れ、三十半ばで入行した銀行を辞めて脱サラ、四十過ぎて事業は軌道に乗るもサラリーマンとは違って毎年仕事が来るだろうかと思い悩むことが続いたのを振り返ると『而立』『不惑』はいつ達せられたのやら?。五十の天命を強く意識して形から入って研修所・HPを開設、遊業両立※の人生観を定めて還暦六十を前に『耳順』準備に入っております。

※山根敏宏の日本百名山「遊業両立の百名山紀行」サブHP:遊(趣味アウトドア)業(経営コンサルタント)

朋あり遠方より来たる、楽しからずや:子曰く、学びて時にこれを習う、また説よろこばしからずや。朋あり遠方より来たる、また楽しからずや。人知らずして慍うらみず、また君子ならずや。《学而篇》

‥(訳)習ったことを、折に触れておさらいし、確りと身につけていく。何と喜ばしいことではないか。志を同じくする友が遠路も厭わず訪ねてくる。何と楽しいことではないか。人から認められなくても、そんなことは少しも苦にしない。これこそ本当の君子ではないか。

⇒学習の面白さ、朋友の楽しさ、立派な人間(君子)の在り方について語った名言です。学びの意味を理解せず、友達甲斐の曖昧さに悩み、他己評価を気にする‥昔の自分の至らなさを諭してくれた名文です。「論語」全般を貫くテーマでもあり、次稿以降個々にテーマを設定してコメントしてみたいと思います。

【経営のプチ勘所vol.48:老舗家具メーカー 大逆転の舞台裏~NHK番組に登場した支援先企業の知られざる復活劇~】

平成最後の年となる2019年の年頭にあたる第1回目の勘所は、一昨日夜1月11日にNHK中国地方向け番組に紹介された『ラウンドちゅうごく』を採り上げます。この番組は為末大がキャスターを務めて毎週金曜夜に放送される経済番組ですが、今回のテーマは「老舗家具メーカー 大逆転の舞台裏」、冒頭のコメント「今日はこの会社の成功と失敗の舞台裏から中国地方のものづくり企業復活のヒントを探る」で放送が始まりました(※以下、NHK公表のHP掲載記事)。

~為になるテレビ~「老舗家具メーカー 大逆転の舞台裏」

広島の家具メーカーが作った椅子が、世界の注目を集めている。人気の理由は座り心地の良さ。一時は倒産の危機にあったこの会社を救った、大ヒット商品誕生の裏側を伝える。

米国のIT企業アップルの新本社ビルに、日本製の椅子が数千脚導入された。椅子の名は“HIROSHIMA”。美しいフォルムと座り心地の良さが、世界の注目を集めている椅子だ。手がけたのは、木工のまち広島・廿日市で生まれた老舗家具メーカー。実はこの会社、バブル崩壊で一時は倒産危機に陥っていたが、この椅子の誕生で一転黒字化。大逆転劇の裏には、ものづくりのプライドと、時代の波をつかむ「あるアイデア」があった。

 番組に登場した家具メーカーは廿日市で創業以来90年を誇る地場名門企業の㈱マルニ木工(現在は広島市佐伯区湯来町)。実はこの会社とは不思議なご縁があって、私が初めて訪問したのは今から四半世紀前、まだ銀行員時代(㈶ひろぎん経済研究所:研究員)に産業調査を担当していた頃のこと。目的はバブル崩壊で潮目が大きく変わった地場産業「木製家具業界」を分析するためでした。ピーク時の売上270億円は全国同業トップクラスを誇るだけあって、当時の経営陣から感じられる危機意識は乏しく、経費節減等の“改善策”を進めれば再び業績回復が期待できるという見立てだった…やに記憶しています。

 ところが、その後当社は右肩下がり一直線の減収軌道を辿ることとなり、番組タイトルとなった倒産の危機に直面、2001年に呼び戻された現:山中 武社長のもと“大改革”に着手。地元出資の「せとみらい再生ファンド」による再生支援(2005年)を受け、現廿日市市役所周辺の広大な本社社有地を売却して3工場を現湯来町へ集約化(2009年)するなどの大胆なリストラ策を断行。その頃、周囲の反対を押して商品化したのが今の復活劇の起点となった新商品「HIROSHIMA」シリーズの椅子でした。製造当初は月産数台だったこの椅子ですが、2017年には米アップル新社屋「アップルパーク」に数千脚を納入するなど、現在では大ヒット商品として月産数百脚を生産するまでに至ったのです。

 さて、小生2度目の関与は2012年から翌年にかけてのこと。当時未だに毎期赤字が継続してファンドによる再生支援が終了、メインバンクの金融支援も揺らいでいた当時、顧問を務めさせて頂いている広島県信用組合(経営支援部)から肩代り融資を検討するための“目利き”を依頼されてのことでした。本事案を相談された時は、若い時分の経緯から半分興味本位という感覚の中、湯来工場へ初めての視察に行きました。事前に入手した財務諸表では、全盛時の売上の10分の1、10数年の赤字継続と“良いとこ無し”、しかも1ヶ所に集約後も尚リストラ断行から社員数が大幅削減となった工場内はガランと人影疎ら、且つ高齢社員が目立ちお世辞にも活気があるとは思えない様子でした。

 そうした中、対応役の経理部長にお願いして、予定になかった新社長との面談を希望して状況は一変しました。老舗企業6代目の“ボンボン”育ちかと思いきや、若干41歳の現社長は若く活力に溢れ謙虚さを兼ね備えた好青年、何よりも共通土俵の銀行出身ならではの聡明さが感じられました。本当は融資先として妥当か否かの事前調査という役割で訪問したにも係わらず(ある意味先方の誤解もあって…)、その場ですっかり意気投合して次の訪問約束へと話は発展。次回からは若社長が各部署の将来幹部候補と考える10数名の若者を参加させての「10年計画作業部会」を支援サポートすることになりました。その間に“工芸の工業化”を標榜するマルニ木工の強みの数々である職人クラスの熟練工が残存し、HIROSHIMA椅子という新商品を開発(東京スカイツリーのソラマチへの納入実績等)を確認し、県信組による暫定肩代り融資実行(計画策定後に短期資金の長期組替予定)という資金面での段取りを確保して協議を進めていきました。

 翌2013年4月に集約した10年計画には8つの事業コンセプトが抽出され、①小売参入(広島LECT・東京に提案店舗)、②輸出販路拡大(世界最大の家具展ミラノサローネ表彰・今般のアップルタウン拡販等)など“世界の定番を目指す”との方針に則って短中期的に実現した事業は元より、創業100周年には⑧湯来工場の聖地化(世界の木工を志す人が集う場所にする)という夢のある長期ビジョンを設定しました。因みに、当社の損益は2013年度に久々の黒字決算を計上し、現在に至るまで順調にV字回復軌道を辿っています。

 我々診断士は“黒子役”で守秘義務遵守の観点からも、元来、表舞台に出ることは稀です。増してや業績不振の会社の場合、会社自体の対外的な信用が左右されるため絶対秘密厳守は言うまでもありません。今回は開明的な社長の下、過去の失敗に蓋をすることなく苦闘の様子と成功に至るまでの軌跡を隠さず開示した番組でした。

 厳しい企業の再生をお手伝いするケースでの事後の現実、それは今回紹介された㈱マルニ木工のような大逆転は全てではない、むしろ決して多くないということです。しかしながら、成功への軌道修正には幾つかのエッセンスがあります。思考の柔軟性(プラス志向の考え方)、大胆な改革(改善を超えた勇気ある決断)、計画の実行(計画棚上げが多い現実)などが本ケースの背景にはあります。本稿をご覧になられた方々の中には、日々不安に苛まれながら一筋の光明を見出そうと奮闘中の経営者もおられることでしょう。一朝一夕の逆転劇というものは有り得ません。でも、未来を信じ諦めずに頑張ることの大切さを学び取って頂ければ幸いです。

【経営のプチ勘所vol.47:2018年広島市広域商圏調査~人気分散 競争激しく:支持率7地区でアップ~】

 12月10日(月)は多くの企業・役所等での冬のボーナス支給日。20年前に脱サラした身の小生には縁遠く若干羨ましくも感じるこの日ですが、世の中はX`mas・お正月と消費が盛り上がる歳末セール時、小売店側ではいかに販売を伸ばすか…水面下での諸々の工夫を行っておられる商売人の皆様も多いことでしょう。
 こうした中、先月11月27日「2018年広島市広域商圏調査」の結果が報じられました。①支持率トップは昨年に続いて『府中町周辺』(16.4%)、②第2位は『紙屋町周辺』(16.0%)、③第3位『八丁堀周辺』(15.4%)とベスト3の顔ぶれは前年と同じでした。しかしながら、何れも大規模改装が奏功したトップ集団で、①イオンモール広島府中の増床(一昨年11月)、②そごう広島店本館化粧品売場・バスマチストアの開店(今年4月)、③パルコ広島店(今年春・秋に40%の大改装)ともに、大きなお金を掛けながらいかにお客様を惹き付けるかの努力が背景に垣間見られます。
一方、④昨年のレクト開店(西区)に続いて今年4月にはジ・アウトレット広島(佐伯区)が開業した『商工センター周辺』(9.2%)の増勢の陰で、⑧支持率を大きく下げた『廿日市市役所周辺』(5.8%)、⑤2年連続マイナスの『宇品・皆実周辺』(8.7%)と優勝劣敗の構図は明らかとなりました。LECTはイズミ系、The Outlets はイオン系の“コト消費”を標榜する新業態商業集積なので、見方を変えれば“モノ消費”で中心街を凌駕し成長を続けてきた既存の郊外型大型量販店が曲がり角を迎えたことの証左と言えよう。毎年調査を実施している広島修道大学(商学部:川原教授)は、広島商圏は「オーバーストア(店舗過剰)の状態になり、中心街と郊外の競争だけでなく、郊外エリアの間でも競争が激しくなっている。ターゲット層を明確にした特色ある店づくりが集客のポイントになる」とコメントされています。
 翌日から掲載された解説編の「競争の構図(商圏調査)から」のタイトルは、【上】郊外店 店舗過多に~シェア食い合い激化~(11月28日)、【中】中心街 改装で特色~再開発への対応が鍵~(11月29日)、【下】「コト消費」に照準~ネット通販に対抗~(11月30日)。小生評としては、オーバーストアは言わずもがな…ネット通販も既報(vol.45:小売再生)通り…、再開発に関しては平成10年の「中心市街地活性化法」制定により全国の中小都市で特色ある街づくりが進展していく中で、広島はあまりにも遅れ馳せながらの市街地再開発を伴う賑わい回復の動きなので決して褒められたものではない(※因みに本年10月に紙屋町・八丁堀地区が都市再生緊急整備地域に指定)。しかしながら、益々高齢化が進展していく我々の生活環境の中で郊外分散型モデルの限界は明らか(無尽蔵な住宅団地の外延化が西日本豪雨災害の甚大な被害にも帰結)であり、都心部における公共交通や公共施設の再集約化を伴うコンパクトシティ化による求心力の回復は不可欠な流れと期待したい。

【経営のプチ勘所vol.46:2018年ヒット商品番付~平成の輝きネバーエンド、踊り出す次代のヒット~】

 12月5日(火)に日経MJ(流通新聞)恒例の「2018年ヒット商品番付」が発表されました。今年の東横綱は『安室奈美恵』、対する西の横綱は『TicTok』、大関は東『スマホペイ』、西『サブスクリプション』という顔ぶれ。他にも、東西小結に『Vチューバー』・『eスポーツ』、『カメラを止めるな!』(西前頭筆頭)、『新型クラウン』(前頭3枚目)、『バトルロイヤルゲーム』(前頭7枚目)などインターネット技術(SNS等)を応用した幕内力士が多数。皆なわかる方はどれほど居られるだろうか(正直、私は半分程度…利用経験はゼロです)?
 前稿でネット攻勢に対抗するリアル店舗の術として「小売再生」を採り上げましたが、Windows95の発表から23年…我々の暮らしは着実にIT社会化が深化浸透しています。私も常々、C.ダーウィンの進化論を用いて“変化に適応する者のみが生き残る(そうでない者は淘汰される)”とSWOT分析の重要性を力説していますが、その変化の速さはドッグイヤーと称されるだけに想像以上のもので、今更ながら眼を見張るものがあります。
 ところで、今回の巻頭タイトルには、平成最後に相応しい商品・サービスが並び、30年間を懐かしむような過去の流行のリバイバルが若い世代にも受け継がれているとある。アムラーのほかDA PUMPの『U.S.A』(東前頭筆頭)である。これはテレビを観ていると否が応でも目に飛び込んでくるので皆さん知っていますよね。若者ウケした勘所は“ダサかっこよさ”なんだそうで、他にも『グッチ』のリバイバルブーム、ダサいけど機能性が評価され人気の『ダッドシューズ』(東西前頭9枚目)などが入幕しています。
 来年2019年は平成最終年、働き方改革、消費税アップと大きな変化が目白押しで、価格や時間の使い方が今以上に敏感になると言われています。
何れにせよ、時代の感性を受け止めチャンスに変える能力を経営者は失わないことです。ヒット商品番付には若者の方が相性も受容度も高いものが多いようですが、中高齢の経営層には経験に裏打ちされた羅針盤がある筈です。新商品・新サービスには使ってみて初めて解るものも多いだけに、来るべき変化の“肝心なところ(勘所)”をちゃんと理解し、的確な経営判断をすべくトレンドを抑え感性を磨いておきたいもの。先ずは、いくつになっても好奇心を失わない若さと、人の話を素直に聴く謙虚さを大切に日々精進しましょう。

【経営のプチ勘所vol.45:小売再生~リアル店舗はメディアになる~】

これは私が今年読んだ中で最も衝撃的な本だった。小説と違って、【起承転結】が明確な4部構成のいかにも論文調スタイルだが、各部タイトル毎に予想を超える説得力のある内容…特に従来の小売店にとって経営の厳しさを伝える鬼気迫るレポートの数々に圧倒された。
私がこの本を手に取ったのは、最近の自分の購買行動を振り返るにつけ、何故かネット購入が多いなあと感じたから…、対するリアル店舗での買物と言えば、食料品を除くとごく僅か、広島カープの優勝セールで買った家電製品位のもの。それも以前、Amazonで買ったアクションカメラが壊れたため、その代用品として5年間修理保証目当てでたまたまEDION店頭で見かけた後継新製品にそそられたから。それ以外の高額品の殆ど、例えばドローン、車載冷蔵庫&クーラー、ポータブル充電器等々はAmazon・楽天・Yahooのいずれかという実態だった。そう言えば最も高額だった自動車は、日産ディーラー経由で普通に買ったが、これもこの本によるとネット通販での購入が市民権を得つつあるとのこと。
こうした中、今週日曜の11月11日、中国の「独身の日」のセール情報が日本でも大々的に報じられた(※写真参照)。なんとたった一日の取引額が2,135億元(約3兆5千億円)と、楽天の2017年1年間の取扱高の約3兆4千億円を超えたというもの。因みに、我が国最大の小売業であるイオングループ年商が約8兆7千億円、続くセブン&アイグループが約6兆7千億円ということから見ても如何に巨大であるかが窺われる。私も知らなかったが、世界最大の電子商取引市場は今や中国で、2015年にアメリカを抜いてその差は2倍にも開いているとのことで、Amazon(米国)のみならずアリババ(中国)恐るべしだ。いやそれだけではない…、私が購入したドローンも充電器もmade inChina、通販市場のみならず製品技術もいつの間にか世界のトップクラスに君臨し始めた中国パワーは脅威だ。

【起】第Ⅰ部:小売はもう死んでいる
 「もう小売店は店をたたむしかない」で始まる本章では、世界最大の小売業ウォルマートの減退と引きずり下ろしたAmazonの飛躍に象徴されるアメリカの業界変動、上述の世界の現状が赤裸々に示されている。特に、Amazonは実店舗の独壇場とされてきた唯一の聖域である「顧客サービス評価」においてもウォルマートをはじめとする殆どの従来型小売企業を圧倒して首位に立つまでになったとのこと。これは私も感じていたことで、ネット購入品の不具合(返品等)を何の抵抗もなくスムーズに対応してくれるAmazonには驚きと同時に感謝さえ覚える体験をした。
 従来型広告を頼りに目先(短期)の収益確保に必死な既存小売業者とは対照的に、迅速な配送への飽くなき挑戦やプライム等の不採算承知のプラットフォーム(長期)を次々構築して消費者を惹き付けるAmazonの余裕の差は歴然としている。
手軽さや利便性が売りのオンラインショッピングに対して、手間や過酷さがつきまとうオフラインショッピング。その差は開く一方…今日私たちが思い描く実店舗のような情報の少ない場に敢えて足を踏み入れる意味はなくなる(第7章)。

【承】第Ⅱ部:メディアが店舗になった
今、小売の世界で起こっている変化は二極化だ。ネット通販が成長し、実店舗は淘汰以外の選択肢がない(第8章)。それは我々診断士が常識として学んできた購買意思決定モデル、即ちパーチェスファネル(AIDAモデル)をも覆す…上下反転して実店舗の3つの役割が消滅してメディアが商品配給の場=店になりつつある。
私は消費者が購入を決めるまでの一連の流れがなくなってしまったらと考え及ぶにつけ、マーケティング(MK)もインストアマーチャンダイジング(ISM)の公式が崩壊する怖さを認識させられた。小売業経営者諸兄はこのゾッとする事実に気付いておられるであろうか?
現在のEコマース3.0の発展形として、AIで実現するCコマース(対話型コマース)の世界、更にはVR(仮想現実)の実用化によってネット通販最大のネックである返品問題が解消されたショッピングの未来形(視覚・触覚・嗅覚でも商品を確かめられるようになる)が説得力を持って紹介されている。
第Ⅱ部最終13章のタイトルは「もうリアルな店はいらない?」で結ばれている。

【転】第Ⅲ部:店舗がメディアになる
 【起】【承】でこれでもか!と言わんばかりに強迫され続けてきたが、ここで【転】じて実店舗の必要性を説いて我々を安心させてくれる。例えば、人間にとってショッピングや人混みは潜在意識に深く刻み込まれたニーズであり、買い物の場での興奮やわくわく感は決してデータ主義のみでは提供不可能であること。また、楽しいショッピング体験は一種の麻薬効果と同等にドーパミンの放出を伴うものであること。更には、意外なことにミレニアル世代(1984年~2004年に生まれた世代)の若者ほど実店舗を高く評価している(オンラインショッピングよりも店舗を訪れる方を好む)という好都合な事実が伝えられている。
それを裏付けるように、最近ではAmazonほかネット通販専業業者が次々と実店舗を設置する動きがあることが紹介されている。これは最終的な消費額は実店舗での買い物客を下回り易いという事実から導かれた対応策であるが、彼らにとってはショールーム機能を持つことでハロー効果が期待され、実店舗をオープンさせると多くの場合はオンラインの売上が急増(約4倍に伸長)するという…「実店舗=オンライン販売の増加」という方程式が成立するためである。
じゃあ…既存の小売店はどうあるべきなのか?つまり現実のお店の殆どが月並みで退屈の極みであり、ろくなことがないと思われていることにこそ問題の本質が隠されている。そうとは知らず、全くその逆にデジタル体験等の若者迎合的なイベントを繰り返す小売業の姿は滑稽極まりないものと言えよう。
実店舗の目的、そしてその成否を測る物差しについて、抜本的に考え方を改める必要がある(第15章)。
最後に、未来のショッピング空間として纏められているのは、「商品」流通を促進するためだけの存在を超えた「体験」を流通させるという姿が示されている。「ストア」から「ストーリー」へ…私も何度となく伝えてきた所謂“コト消費”への移行(モノ消費でなく)そのものと言ってよかろう。品揃えより独創性を…、友達の数よりも本当の交流を…、常設型から仮設型へ…、オムニチャンネルから瞬間重視へ…(第17章オムニチャンネルの終焉)。

【結】第Ⅳ部:小売再生戦略
 最終第Ⅳ部の結論は既に明快であろう。本稿ではその答えの詳細を紹介することを敢えて憚ることにして、その章タイトルのみ以下に列記しておく。何故ならば、私が常日頃接している中小企業の多くの経営者に共通する問題、即ち、勉強しない…深く考えない…悪癖を乗り超え“変わろう”という意識を持った方のみが生き残ればいいと考えるから。世の中が大きく変化しているにも拘わらず、“変われない=変わらない”会社は、消費者にとって不必要な存在になることをどうか肝に銘じて頂きたい。
・第20章:他者に破壊される前に自己破壊できるか
・第21章:小売のイノベーションを再定義する
・第22章:アイデアだけでなくプロトタイプを
・第23章:創業者のように考える
・第24章:帝国ではなくネットワークを築け
・第25章:小売は死なず

如何でしょうか?テーマ名だけで言いたいことが判る方…一応、生き残りの予備軍として自信(決して過信でなく…)を持って頑張って下さい。そういう経営者なら私も応援させて頂きますから…(笑)。

【経営のプチ勘所vol.44:因果関係~対症療法のワナ~】

最近、物忘れが激しい(;_;)/~~~
6月末に持病の“ぎっくり腰”を再発し、漸く元通り走れる程度に回復したかと思った矢先…今度は先月末頃から左肘痛のため重いモノが持ちあげられない事態に陥っている。
自分的には西日本豪雨災害の土砂掻き出しボランティアに行きたくても行けない忸怩たる思いから脱却できるか…と思った矢先の腕の不調ということで、兎に角情けなさだけが募る毎日です。
この間まで運動不足から発症した炎症かと軽く考えていたのだが、3週間位経過した今も容体の改善がないことから原因を探ってみた。不図思い出したのは…この間の東日本大震災後の東北視察旅行の際、大雨の乳頭温泉(秋田県)で、①滑り易い木道を、②滑り易いゴムサンダルで歩いていて‥転んだ事件でした??。
他の人達が居たので、尻餅をつかず‥左腕で格好よくリカバリーした積もりでいましたが(温泉♨湯治や飲酒?で一時的に和らいでいたので忘れてた‥)、それから痛みが始まったということ‼
その間、自分では筋を伸ばしたり…腕をグルグル回したり…兎に角、運動不足系が原因と勝手に思い込んでいたため、更に症状を悪化させる作動系の間違った対症療法を毎日続けていた訳です?。当然ながら、打撲なのか…骨折なのか(多分これはないでしょうが?)…動かさず安静系の治療をベースにすべきことからすると、まるで真反対の選択をしてしまいました。

翻って業としている企業経営の世界を考えてみました。この20年間の支援過程で出遭った色んな企業の絵が走馬灯の如く頭に浮かんできました。
①経営者(経営陣)が部下を信頼できず…貴重な現場情報を汲み上げることなく唯我独尊の命令で誤った方向に会社を導いて業況悪化を招来してしまった企業は数多。こうしたケースは高齢経営者のワンマン企業に多く見られ、若手社員や後継者を適切に育てて来なかった風通しの悪い企業の行く末です。
②この間、NHK番組「プロフェッショナル仕事の流儀」に登場した某地元信用組合。そこは全国的にも優れた金融機関として評価されていて、番組構成上も一見すると素晴らしいと思われるものでした。ところが…私だけでなく仕事上絡んだ方の裏評は逆のもので、悪い会社の例示としてよく言われる有能な社員の退社(定着率の悪さ)が横行しているのは地元では知る人ぞ知る周知の内情だ。
①②の何れも…組織内部の人間ほど、真剣に行く末を憂える人はいない訳で、上に立つ人間は心して自覚して措かなければならないこと。
多くの現象の背景にある…多くの原因、その中から真因を的確に捉え正しい経営を行うことの難しさゆえ、「実るほど首を垂れる」如き謙虚な姿勢が求められます。
(※写真:久々に晴天の3連休…おとなしく?犬散歩(静養)、ひじ痛サポーター)

【経営のプチ勘所vol.43:東日本大震災の被災地巡り旅(後半:宮城県)】

【東日本大震災被災地巡りvol.3】
無料高速道路の三陸復興道路の整備が進んで、アクセスは格段に向上‥県境を超えて宮城県気仙沼へ入りました。
前回訪ねた際、車中泊して印象深いJR気仙沼線の大谷海岸駅‥他の町が太平洋に向かって高い防潮堤が当然のように存在するのに対し、ここは全く無防備に見え不思議な気分のまま駅前に到着。
周りにあった筈の街並みが無くなり、海岸すぐ近くの駅だけがポツンと存在を主張してきた。ただ、よく見るとプラットホームから海岸に直結していた高架橋がない‥更に線路が寸断されている。ホームには“あの日を忘れないためそのまま保存”との主旨の慰霊碑がありました。
観光客の気配の全く感じられないこの場所に佇むにつけ‥胸を抉られる思いがしました。

【東日本大震災被災地巡りvol.4】
①南三陸町;志津川お魚通り商店街、②石巻市;アイトピア商店街、この2箇所は経済産業省「(新)頑張る商店街100選」に選ばれた‥あの日までは確かに元気な中小企業者の居た街である。
私も勉強のため訪れ、そして飛び込みにもかかわらずその秘訣を教えて頂いたことがある。
果たして皆さん大丈夫だっただろうか?‥いつも気掛かりだった。
①志津川は有名な防災対策庁舎の近くに新しく造られた「南三陸三三(さんさん)商店街」が大にぎわい(^-^)v…市場も機能していて、鮮魚で人気というコンセプトが健在で安心しました。
②石巻は沿岸部を除いて‥以前の建物も結構残っていて一見大丈夫そうに見えましたが、営業中のお店は半数以下といった感じ。前に話を聞いた商店街リーダーのお店は確認できませんでした。
最後に、桜の名所「日和山公園」に上がって街の様子を確認。ここは学生時代のGW休みに、青森から自転車で東北地方縦断した際の最終地点。花見客に交じって賑やかな街並みを見下ろした記憶が戻り、やるせない空虚感に包まれました。


【経営のプチ勘所vol.42:東日本大震災の被災地巡り旅(前半:岩手県)】

【東日本大震災の被災地巡り旅vol.1】
あちこち気儘な東北の旅をして参りましたが、本日より本来の旅の目的「東日本大震災」の被災地巡り。
今日は久慈から釜石まで‥朝一“じぇじぇじぇ”の「あまちゃん」ロケ地の小袖海岸では☀晴れてましたが、南下に従ってやはり☔雨模様。
昼御飯で被災者さんに貢献しようと、田野畑の仮設店舗「浜茶や食堂」でウニ丼を食べようと探して行くもお休みだったので、次の田老で3店舗を構える地元名店ながら全て津波にのみ込まれ消滅‥新たに道の駅で再出発された「喜助屋食堂」で名物のどんこ丼➕わかめラーメンのセット(¥1,200)を頂きました。
更に南下して山田町では湾内いっぱいに牡蛎筏が浮かぶ様子を見て少し安心しましたが、どの町も高い防潮堤が続々と整備中で‥特に宮古では湾内ぐるりと万里の長城の如き高い壁(石段50段以上?‥)が取り巻く異観には絶句でした。
実は自分は震災8ヶ月前の夏に、この地区の商店街視察を兼ねて主な観光地には足を運んでいるので、今回は北山崎・浄土ヶ浜などのメジャー所はスルーして‥思い入れのある所を中心で廻ろうと考えてました。
しかし、釜石大槌町の根浜海岸へは未だに通行止めで訪ねること能わず‥代わりに最近こけら落としが終了したばかりで来年のWカップ?ラグビー会場になる鵜住居震災復興スタジアムに寄ってみました。

【東日本大震災被災地巡りvol.2】
東北地方は☔雨が続き、然したる観光(無論登山は無理)は出来ずやや悶々とした旅の空の下です(*_*)。
次に訪ねたのは、岩手県南部の大船渡~陸前高田‥高田の松原も街もすっぽり無くなってしまっていた。あの「奇跡の一本松」?モニュメントツリーに群れる観光客の列が虚しさを増します。
ここを以前訪ねた2010年7月、当時4才の元気盛りの愛犬?が松原をダッシュしていた画像?も見つけたので‥比較アップします(※割愛)。